「傘、忘れちゃったなぁ」

今にも降り出しそうな、どんよりとした曇り空の夕方。
私は全てのレッスンを終え、ミュージック&アート教室の玄関を出ようとしていた。

湿っぽい風が吹き、雨が降る前の独特な匂いが街を包み込んでいる。
溜め息をつきながら天気予報を見ようとスマホを見ると、元カレからのLINEが何件か入っていることに気付く。

そう、私はとうとう先月、5年に渡り遠距離恋愛をしていた彼氏と別れたのだ。
最後の1年はほぼ会うこともなく、連絡も取り合うことは無かったので、正直そこまでの喪失感や悲しみもなかった。
それでも、今日のような暗い天気の日は、「独り身」という事実に気持ちが落ち込んでしまう。

「永原さん、お疲れ様」
「あ…!上野さん!」

爽やかで、でも少し低い落ち着いたトーンの声に振り向くと、ここ数週間、なかなか会うことが出来なかった想い人、上野さんが玄関前に立っていた。

「海外遠征から帰って来られたんですね…!」
「うん、昨日ね。ごめん、お土産買う時間なくて何も無いや」
「そんなのいいんですよ全然!久々に会えて嬉しいです」

ついつい嬉しさのあまり、正直な気持ちが口に出る。上野さんはいつもの落ち着いた淡々とした笑顔でニッコリと笑うと、私の横に並ぶように歩き始めた。

「…なんか最近、ZENと連絡とってるんだって?」
「えっ!?あの…その…何でそれを…」
「昨日たまたま空港で会って。永原さんの話になったから」

ダンサーのZENさんは、あれ以来たまーに気まぐれなLINEをくれることはあるが、「数多いる女の一人」として扱われていることは一目瞭然で、私も特に何の感情もなく、たわいもないやり取りをしているだけだった。

「いや、その、本当にたまにLINEするだけで…」
「そうなんだ」
「全然親しいとかでもなくって…!」

勘違いしないでください、何もないですから!と慌てて言おうとしたその瞬間、
ザーーっと、大粒の雨が空から降り注ぎ始めた。

「うわっ!」
「…ゲリラ豪雨だね、これ」

数秒、屋根も何もない場所に立っていただけで、一気に二人ともびしょ濡れになる。

「上野さん、ビショビショ…!風邪ひいちゃいます!」
「タクシーは捕まえるの無理そうだな…地下鉄まで走るから大丈夫。」
「あの!うち、歩いて2分なんです!走れば1分で着きます!行きましょう!」
「え?」
「ほら、早く服脱いで乾かさないと!私の兄の服があるので、それ着てください!」
「あ、いや、…え?」

とにかくこの国の宝であるピアニストに風邪をひかせてはならないと、ずぶ濡れで思考回路がショートした私は、同じく若干混乱している上野さんの腕を強引に引っ張り、自宅まで走り出す。
観念したように仕方なく一緒に走る上野さんと私は、靴の中までびしょ濡れになりながらも、予測通り1分程度で、自宅のマンションまで何とか辿り着いた。

全身びっちょりと雨で服が肌にはりついた状態の私たちは、フラフラと部屋に入り、私はすぐにシャワーの用意をする。
またもや強引に上野さんを風呂場に誘導し、バスタオルと兄のTシャツとジャージのズボンを用意して洗面台に置いたところで、やっと我に返る。

…今…上野さんが…私の家で…シャワー浴びてる…

自分が無理やりそうさせたくせに、その事実に一気に赤面する。

っていうか、部屋、片づけないと…!
濡れネズミのようにな姿のまま、部屋を這いまわり散らかっているものを片づける。
ドタバタと走り回っていると

「ありがとう、お先でした」

と、何故か兄の服ではなく、先ほどまで履いていたジーンズに、上半身裸の上野さんが、タオルを首にかけて洗面所から出てきた。

「う、上野さん!?」
「ごめん、お兄さんの服、俺には少し小さくて…。奇跡的にジーパンが大して濡れてなかったから、もうTシャツ乾くまでこれでいいよ」
「え、あ、あ、はい…?」

相変わらず淡々と言いながらタオルで髪の毛を拭く上野さんの、初めて見る服を着ていない姿に、心拍数が急激に上がるのを感じる。

マッチョ、とまではいかないが、クッキリと縦に筋が入った上野さんの腹筋は、明らかに鍛えられていることが分かる。白く艶やかな上半身は、細いのに引き締まっていて、いつもの「爽やかなイケメン」な雰囲気から、一気に「大人の男」の雰囲気に変わっていた。

「あ、あの、コーヒー淹れてあるので…私がシャワー浴びてる間、よかったら飲んでください」
「ん、何から何までありがとう」
「いえいえいえいえいえ…じゃ、ちょっと入ってきます…」

どこを見てよいか分からず、目線を不自然にキョロキョロさせたまま風呂場に向かう。
ちらりと振り返って見ると、筋肉質な上野さんの裸の背中が目に入り、ドキッとする。

私…上野さんのTシャツが乾くまでの間、心臓もつだろうか…

ずーっと上野さんの上半身が頭から離れないまま、シャワーを浴びて新しい服に着替える。
おかしな話だが、熱いシャワーを全身に浴びると不思議と頭が冷え、少し冷静さを取り戻せた気がした。

リビングに戻ると、上野さんがソファに座ってゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

「はー、スッキリしました!しかし、すごい雨でしたねぇ」
「本当に助かったよ。あのまま地下鉄乗ってたら、確かに風邪ひいてたかも。コーヒーも美味しい」
「良かったです…」

いつになく、穏やかにニッコリと笑う上野さんの笑顔に顔が熱くなるのが分かる。せっかく冷静さを取り戻したのに、またもや頭が真っ白になりそうだ。
その瞬間、チロリン♫と私のスマホからLINEの着信音が鳴る。

「…ZENから?」
「えっ!いや、違いますよ、ていうか本当に全然そんな連絡取ってる訳じゃなくて…」
「そうなんだ」
「…なんで、そんなZENさんのこと、気になるんですか?」
「嫉妬してるから」
「……!」

私の目を真っすぐに見つめたまま、上野さんはそうハッキリと言い切る。

「上野さんが…?嫉妬…?」

あまりにも予想外の言葉に、今度こそ本当に頭が真っ白になる。
と、同時に、こみあげる期待と、緊張で、手が震える。

「永原さんがいつもニコニコしながら純粋な顔で他の講師と話してる時、俺がどんな気持ちだったか知ってる?」
「え…?」
「他の男なんか見ずに、俺だけを見てればいいのにって。ずっと思ってた」

私の髪の毛を絡めとり、スーッと頬をつたうように撫でる上野さんの細くて長い指が耳をかすり、ズクン、と体が熱くなる。

「そ、そんなの、そんなの私だって!!」
「…え?」
「私のほうが、私のほうがずっと上野さんのこと好きでした!多分きっと、会ったその日から、ずっとずっと好きでした。私のほうが…絶対…好きです…」

もともと大きな切れ長の目を、パチクリと見開いて私の言葉を聞いていた上野さんが、ふっと表情を緩ませ、今まで見たことがないくらい、優しく頬をゆるませる。

「そっか…俺の片想いかと思ってたよ」
「それはこっちのセリフです…!」

クスクスと笑う上野さんが、ゆっくりとこちらの方に向き直る。
ソファで膝と膝と突き合わせるような形で、お互いの顔をじっと見つめると、ドキンドキンという私の心臓の音が部屋中に響いているのではないかと心配になるほど強く高鳴った。

「誰にも触らせたくないし、誰にも見せたくない…」
「上野さ…」

上野さんの右手が、クイッと私の顎を優しくあげる。
されるがままに少し上を向くと、ゆっくりと上野さんの綺麗すぎる、完璧に整った顔が近づいてくる。

軽く触れるだけのキス…かと思いきや、軽く口を開けた上野さんがついばむように、私の下唇を、彼の少し濡れた唇で包み込む。

ちゅ…ちゅ…というリップ音と共に、何度も何度も角度を変えて、優しく下唇、上唇、時には両方に口づけられ、その色っぽさと静かな快感に、腰がくだけそうになる。

「ん…んぅ…」

上野さんの両手は私の両頬に添えられ、口づけられる速さが少しずつ早くなっていく。

私ももう我慢できなくなり、上野さんの首に腕をまきつけ、より深い口づけを自ら求めていく。

「はぁ…ん…んぁ…」

自ら舌を出し、上野さんの口の中に入れると、上野さんが私の頬を包む手に力が入り、私の舌を全て受け入れるように絡め取られる。

「上野さん…好きぃ…」

唾液が口からこぼれ落ちる程に激しくなるキスに酔いしれ、今まで積もり積もった想いが溢れだす。
それを合図とするように、上野さんがゆっくりと顔を離し、おでこにそっとキスをした。

「俺も好き」

上野さんの手が、私のブラウスのボタンに触れる。

「…やっと、見れる」

プツン、プツンとボタンを外しながら、上野さんが呟く。

「え…?」
「教室で話してる時、いつも、この服を脱がせてみたい…って思ってた」

はらり、と肩からブラウスが滑り落ち、たまたま今日着けていたお気に入りの水色のブラが露わになる。

「ほ、本当に…?」
「ずっと触れたかった…それに…こうやって…」

持ちあげるようにブラの上から胸を揉みしだかれたまま、器用な手つきで、上野さんの長く細い指が背中のホックを外す。素早くブラを脱がされたかと思うと、上野さんのサラサラの髪の毛が胸元まで降りてくる。

「あっ…ん、あぁ…」

ちゅぷ…と音をたてながら、もう硬く尖った先端を執拗に舐められる。敏感な部分を熟知されているかのように優しく甘噛みされる度に、ビクンと体が跳ねる。

「はぁん…あぁ、やっ…」

明らかに湿りを感じ、自然と開いてしまう脚を、慌てて閉じようとした瞬間、上野さんの手がそれを制止する。
蜜で溢れたレースのパンツの上から、そっと割れ目をなぞられる。

「すご…もうグチャグチャに濡れてる…」
「やぁ…恥ずかし…」
「可愛すぎでしょ…」

ヌルリと下着の中に指を侵入させ、今度は直接割れ目を何度も何度もなぞる。
中指でクリトリスを小刻みにこすられると、今まで感じたことのない快感で自然と腰が浮き、もっともっと、とおねだりするように、いやらしく動いてしまう。

「んっ、あっあぁん…そこ…やだぁ…ぁっん」

あまりの気持ちよさに自分を止められそうになく、上野さんから逃れようとするも、一切それを構わず片手は脚の間に、もう片方の手は胸を弄ったまま、息荒く首筋に口づけられる。

「俺も…もう…我慢できないかも…」
「あっ…あぁっ…早くぅ…上野さんの…」
「俺の…何?」
「上野さんっ…の、あっ、ん、欲しい…っ」

よく言えました、とフッと笑った上野さんは、芸能人顔負けの美しさと色っぽさで、私の理性も吹き飛ばされていく。

ジーンズと下着を一気に脱いだ上野さんが、ゆっくりと私にかぶさるように上に来て、そして私の頬を優しく撫でる。

「あ…ん…」

大きくいきり立った上野さんのそれが、私の中心部に軽く触れる。
それだけで、興奮と快感で体が震える。

「蘭子…」

舌を絡ませながらキスをし、グッと挿れられた硬く太い上野さんのモノは信じられないほど熱く、グチャグチャに濡れた私の中にいとも簡単に入っていく。

「あぁ、はぁん、あぁんっ」

初めはゆっくり、そして徐々にスピードを上げながら、上野さんの腰が動き、奥を深く突かれる。
擦れ合う卑猥な水音と、お互いの快感に溺れた荒い息遣いが部屋中に響き渡り、何も考えられなくなる。

「はっ…やば…すぐイッちゃいそ…」
「あっ…やっ、あぁん、上野さっ…気持ちい…っ」
「蘭子っ…んっ…はぁっ…」

もう止められない、と言わんばかりに上野さんの腰つきが速くなる。さらに硬さと大きさを増し、私の中いっぱいを掻きまわすように埋め尽くしていく。

「あっあっあぁんっはぁんっ…」

今にも絶頂に達しそうなギリギリのところが続き、気持ちよさと、そして同じく苦しそうに色っぽく息を吐く上野さんの汗ばんだ美しい顔が目の前にあり、私の体だけを求めてくれている事実に、嬉しさで涙がこみ上げる。

「は、ぁっ…蘭子、俺…もうっ…」
「はぁんっあっああぁっ…」

お互いの背中にしがみつくように抱き合い、上野さんが最後の激しいピストンを繰り返す。

「ぐっ…!んっ…」
「あぁぁっ…ん!」

共に頂点に達し、ガクガクッと震える。
汗ばんだ体に強くギュッと抱きしめられたまま、上野さんの愛しい、熱い液が私の中に一気に放たれた。

「はぁ…はぁ…」

ゆっくりと上野さんが私を抱きしめる力を弱め、肩で息をしながら私の顔を見る。
愛おしそうに、切れ長の綺麗な二重の目に見つめられ、さっきイッたばかりなのに、またグチャグチャに濡れそうになる感覚に陥ってしまう。

首を持ち上げ、チュっとその整った形の唇にキスをする。

「上野さん…大好き」

少し驚いたように目を見開いた上野さんが、困ったように苦笑する。

「…ちょっと休憩…と言いたい所だけど」
「…え?」

「ごめん…また我慢できなくなった…」

そう言って、キスをしながら私に覆いかぶさる上野さんのモノは、再び熱く硬くなっていて、私たちは再び、第二回戦へと突入するのであった――。


記事一覧

ヘモグロビン子

歩く妄想癖"と言われてウン十年。 すべてのエロスは妄想に通じ、すべての妄想はエロスに通ず。 ヘモグロビン子の妄想ワールドに皆さまをお連れします。 皆でSAY!NO MO-SO NO LIFE!

PR

関連記事一覧