<第1話>
「ハァッ…蘭子っ…蘭子の中…アツくて気持ちいいよっ…」
「上野さんっ…!あたしも…気持ちいい…」

ギシギシと音を立てるベッド。
握りしめたシーツ。首元にかかる、彼の前髪と熱い吐息。
熱い舌が私の唇の中の全てを絡め取るようにねじこまれ、頭がクラクラする。

ピリリリリリリ…ピリリリリリリ…

突然鳴り響くスマホの着信音もお構いなしに、彼の深い口付けと強い腰の動きは止まらない。

ピリリリリリリ…ピリリリリリリ…

あぁ…電話に出なきゃ…でも気持ち良すぎて止めたくない…

ピリリリリリリ…ピリリリリリリ…

しつこいな…この電話…ていうか、あれ…これ…電話じゃない…?

「ヤバい!!!!!!寝過ごした!!!!!!」

汗ばんだ体をガバっとベッドから起き上がらせ、鳴り続けるスマホのアラームを慌てて止める。
洗面所に小走りで向かい、火照った顔をバシャバシャ洗いながら、夢の中の情事を反芻する。

「…また上野さんとあんなことする夢、見ちゃった…。欲求不満かな…」

私の名前は、永原 蘭子。
34歳になってから半年が経とうとしている。

関西の美大を卒業してから、漫画家を目指してネームを描いては出版社を回る生活を5年程頑張っていたけれど、結局どこにも取り合ってもらえず、今は趣味として漫画を描きつつ、会社員をしている。

大学の恩師の紹介で入社した東京都内の大手企業「ミュージック&アート・アカデミー」で、一般者向けの絵画教室の講師として働き始め、丸4年が経った。

「ミュージック&アート・アカデミー」は、絵画、音楽、陶芸、ダンスなど、あらゆる芸術を習える総合教室で、小学生から80代のお年寄りまで、色んな生徒が毎日代わる代わるレッスンを受けに来る。
私は主に小学生や主婦、定年後のお父さん向けに水彩画や色鉛筆画などを教えていて、毎日とても充実していて楽しい。

そりゃぁ、プロの漫画家として働けていれば、もっと楽しいんだろうけど…
才能が無いんだから、しょうがないよね…。

家賃10万5千円の1DKのアパートで悠々自適に暮らしていけるだけのお給料を、大好きな絵の仕事をしながら貰えるんだから、これ以上の贅沢は言っていられない。

漫画家を目指していた時期に知り合った彼氏のヨウスケは、付き合い始めてすぐ関西に転勤になり、かれこれ遠距離恋愛を5年続けている。
ここ2年ほどは、月に1回会う程度で、しかもずっとセックスレス。何度かレスについて話し合ったことはあるが、最終的にははぐらかされて終わる…がいつものパターンだった。

もう…女として見られてないのかな…。はぁ。これからどうなるんだろ。

スキニーデニムに、仕事着の黒いロングTシャツの上にトレンチコートを羽織り、玄関を出る。

今日は水曜日。
そう。上野さんに会える日だ…。

「永原さん。おはようございます」
「うううう上野さん!おひゃ、おひゃようございます!」
「はは、何その挨拶」

教室に着き、生徒用のキャンバスを広げていると、上野さんがひょっこり顔を出した。

「ごめんなさい…ちょっとビックリして。おはようございます。改めて」

朝からあなたとエロいことする夢を見てたので動揺してしまいました…なんて言えるはずもなく、ペコリとお辞儀をしながら誤魔化す。

上野さんは、水曜日のみ隣の教室でピアノのレッスンを担当している若手男性講師だ。

スラリと長い手足、サラサラの黒髪、スーッと通った鼻筋、二重だけど切れ長の目に、白くて長い指。
そして淡々と話す、低いオクターブの声。

2年前、初めて出会った時は「イケメンがいる!目の保養だラッキー!」程度にしか思っていなかったのに、毎週水曜日に顔を合わせ、くだらないことを話しているうちに、どんどん惹かれてしまっている自分がいた。

「なんか今日、顔赤くない?大丈夫?」

いやだからそれは今朝あなたとエロいことをする夢をですね…と言いそうになるのを抑えながら、ブンブンと手を振る。

「いえいえ!全然元気です!上野さんは、その、元気ですか?」
「元気ですよ。最近ちょっと仕事が増えすぎて、疲れ気味だけど」

細く長く、美しいモデルようなスーッと伸びた指で、目にかかるまで伸びた前髪をサラリとかきわける。

「上野さん…数年前までは、ドイツの交響楽団に所属してたんですよね。帰国後、引っ張りダコになるのは当然ですよ」
「うーん、まぁ仕事が絶えないのは確かに有り難いけどね…どっか温泉にでも行きたいよ」
「それは完全に私も同感です。温泉行きたいです」

ははは、と二人で疲れた笑顔を見せ合う。チラリと覗いた白い歯に、トクンと胸が高鳴る。

「じゃ、レッスン行ってきます。また」
「あ、はい、お疲れさまです…!」

話せて良かった…今日も本当にかっこよかったな…

上野さんの残像をまだ瞼の裏に焼き付けたまま、ポーッとした頭で私もレッスンの準備を進める。
いつか本当に上野さんと温泉に行けたらいいのになぁ…いや絶対無理だけど…
そんなことを考えながら、今日もいつも通り教室の生徒さんを出迎えていると、あっという間に最後のレッスンが終わった。

「ただいまー」

家に帰り、ドサッとカバンを床に投げ捨て、ソファにダイブする。

「あ~~~~~疲れたーー。でも上野さんと会えたし話せたし…今日はハッピーだなぁーー」

ソファに寝転がるなり、今朝の上野さんの少し疲れた笑顔を思い出す。

「…私も上野さんのピアノレッスン…申し込めないかな…」

毎週水曜日に会えるとはいえ、話せる時間はレッスン前の数分だけ。
でも、上野さんのレッスンに私も通えば、最低50分は二人きりで一緒にいれる訳だし…

そしたらどんな感じになるのかな…
あの防音の教室で、上野さんと二人だけで並んで座るのかな…それとも、上野さんが後ろに立つのかな…

それとも――


「じゃ、今日からはベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ第14番 月光』を練習していきましょう」
「はい、上野先生…宜しくお願いします」

ピアノの前に座る私。上野さんが私の目の前に、譜面を置いてくれる。腕まくりされたシャツから、引き締まった細く白い腕が伸びて、私の髪の毛をフワリとかすめる。

「はは、なんだか永原さんに先生って呼ばれるの、まだ慣れないな」
「え、そうですか?でも上野さん…じゃ、なんだか失礼だし…」
「好きに呼んでよ。永原さんからなら、何と呼ばれようと大歓迎」

悪戯っぽく笑う上野さんが、私の肩をポンポンと叩く。触れられた肩に一気に熱がこもる。

「じゃ…まずはここから」

上野さんが私に背後に立ち、左手を私の座る椅子に、右手を私の右手に重ねるようにして、お手本を見せてくれる。

「それから、ここは親指に重心を置く感じで…こう」

イラスト:竹あき嬢


上野さんの顔が、私の耳の真横にまで近づく。上野さんの低い声が耳に直接的に響いてくる。

「そしてここの部分は…永原さん?」

あまりの距離の近さと、上野さんと重なる指にドキドキし過ぎて固まっていると、上野さんがふと顔を覗き込んでくる。

「ご、ごめんなさ…」

上野さんの整った美しい顔が、少し動けば唇が触れてしまいそうな至近距離にきて、耳も頬も真っ赤に染まる。

「…集中力が切れてるみたいだね…ピアノはね、集中して感性を研ぎ澄ませて弾くのが基本なんだ。そのためにはまず、気持ちを昂らせること…」
「上野さ…んっ…」

気づけば、上野さんの少し冷たい唇が、私の唇に重なっていた。

「ん…ふ…」

ついばむように、何度も何度も角度を変えて、甘く優しいキスが繰り返される。

「上野…さ…」
「ほら、指を動かして…?俺が今教えたように」
「あ…」

上野さんの指が、私の指を押さえるようにして鍵盤をポロンと弾く。

「ほら…ちゃんと譜面を見て…」

背後から耳たぶを甘噛みされながら、半分吐息のような声で囁かれる。
ゾクゾクと湧き上がる快感に震えながら顔を上げ、譜面を見上げると、すかさず上野さんの唇がねっとりと私のうなじをなぞる。

「あっ…ん」

「力が入ってるよ…リラックスして…」

上野さんの長く美しい指が、ゆっくりと私の鎖骨を撫で、そのまま服の上を滑るようにして手が胸元に降りてくる。

「…あれ。ここも、もうこんな固くなっちゃてる…」

ゆっくり胸を服の上から揉まれていたかと思うと、先端部分をキュッとつままれる。

「あぁっん、やぁ…」
「レッスン中にそんな声出して…いけない生徒さんだ…」
「だって…あっ…んん…」

上野さんが私の首元にチュッチュと音を立てキスをしながら、私の胸を揉みしだき、そして時折先端をツンと弾く。ビクビクッと体が震え、椅子にじっとしていられなくなり、身をよじろうとすると、少しずつ息の荒くなった上野さんが再び背後から噛みつくように私の唇を貪り、今度は深く口づけてくる。

「永原さんの胸も…唇も…柔らかい…」
「上野さ…ん…」

キスを続けたまま、服の下に手を差し込まれ、ズラされたブラから飛び出た胸を、持ち上げるように揉みながら、コリコリっと固く膨れ上がった突起を、上野さんの指が焦らすように擦る。

「あっ…やっ、そこっ…だめぇ…」
「乳首、感じやすいんだね…」
「あぁぁん、そんなっ…風に…触られたらぁっ…」

指の腹で優しく、しかし素早い一定のテンポで先端を絶妙なタッチで撫でられる。もう片方の手は、やわやわと乳房を執拗に撫で回している。
「上野さぁん…」

「いいよ…イッて…」

耳にふっと息を吹きかけられ、ゾクッと背筋に快感が走る。
あまりの気持ちよさに涙目になりながら上野さんを振り返ると、妖艶に口の端を持ち上げ、微笑む上野さんと目が合う。その瞬間、脳内すべての感情が吹き飛び、下半身にこみ上げる熱を感じる。

「はぁん、やぁっ…アァァ…」

止まらない胸と乳首への刺激に、とうとう私は絶頂に達した。


「はぁ…はぁ…。あーーぁ」

ドクンドクンと余韻で高鳴る胸元をおさえ、天井を見上げる。
朝も上野さんとセックスする夢を見て…今また、上野さんをオカズに…イッてしまった…。

こうして私は、またもや来週水曜日、上野さんと顔を合わせづらくなる境遇を自分で作り上げてしまったのであった。

つづく♡

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ヘモグロビン子

歩く妄想癖"と言われてウン十年。 すべてのエロスは妄想に通じ、すべての妄想はエロスに通ず。 ヘモグロビン子の妄想ワールドに皆さまをお連れします。 皆でSAY!NO MO-SO NO LIFE!

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