ビアン事変 ビアン界の超ド級コミュニティ過密問題で元カノの元カノと親友になった話
先週、居酒屋のテーブルで顔面蒼白になった夜がある。デート相手の口から飛び出したのは、まさかの「それ、私の元カノなんだけど」というひと言だった。
ノンケ(異性愛者)のみなさんなら「そんな偶然、宝くじレベルでしょ」と笑うだろう。でも私たちビアン(レズビアン)界隈では、これが普通に起きる。なんなら「またか」レベルで起きる。
ノンケの恋愛市場が広大な太平洋だとするなら、ビアンの恋愛市場は学校の25メートルプール……いや、正直に言おう。リビングに置かれた金魚鉢だ。全員の顔が丸見えで、誰がどっちに泳いだかも筒抜け。「3人またげば全員知り合い、4人またげば全員元カノ」。この超過密社会では、別れた後の人間関係の芋づる式ホラーも、街角での気まずいエンカウントも、もはや日常茶飯事なのである。
今回は、30代リバ(攻めも受けもいける)の私・みかんみかが体験した、狭すぎる世界だからこそ生まれた奇妙な友情の話。そして、変わりゆく令和のビアンのナイトシーン事情について、赤裸々にぶっちゃけようと思う。
1.寂れゆくビアンバーと、アプリに潜む「同じ罠」

先日、久しぶりにビアンバーに足を運んだ。かつては週末ともなれば、ビアンバーもイベントも女の子で溢れかえり、熱気で酸欠になりそうだった私たちの聖地。
……なのに、今のビアンバーはどこか静かだ。
20代の頃に通い詰めた雑居ビルの前まで来て、私は足を止めた。あの頃、ワンドリンク目当てというより「ママに恋バナを聞いてもらう」ために通っていた小さなビアンバーが、シャッターの貼り紙1枚で閉店していたのだ。カウンター7席、常連の顔ぶれは毎週ほぼ同じ。誰かが新しい彼女を連れてくれば、翌週には店内全員がその馴れ初めを暗唱できた、あの店が。
理由は明白。今どきの20代は、わざわざ高いチャージ料を払ってバーに通わない。出会いの主戦場は、とっくにマッチングアプリに移っているのだ。スマホひとつで、家のベッドに寝転んだまま好みの女の子と繋がれる令和。バーから若者が消えていくのも、時代の流れなのだろう。
ここで「アプリなら、あの狭いコミュニティのドロドロに巻き込まれずに済むじゃん!」と思ったそこのあなた。ビアン界の引力を舐めてはいけない。
出会いの場がリアルからアプリに移行したところで、金魚鉢の水の総量は1滴も増えていない。画面をどれだけスクロールしても、結局は同じ金魚たちがぐるぐる回遊しているだけ。しかもこの金魚鉢、たまに「3年前に見送ったはずの魚」が何食わぬ顔で水面に浮上してくる。アプリのおすすめ欄に元カノが表示された瞬間の心臓の跳ね方、経験者なら分かってくれるはずだ。
そんな鉢の法則も忘れて先日、私はアプリで知り合った20代後半の可愛い女の子と意気投合し、そのまま飲みに行くことになった。お互い好みのタイプで、ゲームや音楽の話で大盛り上がり。「こんな最高の出会いがあるなら、もうバーに通わなくてもいいな」——この時の私は、本気でネットの進化に感謝していた。
そう、あの瞬間が訪れるまでは。
2.「元カノの元カノ」は、前触れなく目の前に現れる

お酒も進み、恋バナが過去の恋愛トークゾーンに突入したときだった。
「みかさんって、前はどんな人と付き合ってたんですか?」
「うーん、1年くらい前まで付き合ってた子がね、気性の激しい『ゴリゴリのメンヘラタチ』でさ。顔は超可愛いんだけど、ペニバンの装着が絶望的に下手くそで。毎回ベルトが右にズレて、ベッドの上が説明書なしでIKEAの家具を組み立ててるみたいになってたんだよね(笑)」
何気なく放った私の鉄板自虐ネタに、目の前の彼女の顔が、みるみる強張っていく。
「え……待って。その人、年齢は? 職業は? ……もしかして、左の鎖骨に小さいタトゥー入ってません?」
「え、入ってるけど。なんで知って」
「うそでしょ。それ、私の3年前の元カノなんだけど!!」
凍りつく居酒屋のテーブル。一瞬にして、目の前の可愛いデート相手が「元カノの元カノ」という同性愛界隈における最も気まずいポジションの人間へと変貌した。
普通の男女の恋愛なら、ここで気まずさに耐えかねてお会計へ直行、そのままフェードアウト案件だろう。しかし、ビアンはひと味違う。
私たちは同じ地雷を踏み抜き、同じ女に振り回された過酷な戦場を生き延びた「戦友」なのだ。
「やっぱりあいつ、位置調整下手だったんだ!」
「そう!毎回ズレて、全裸の2人で真顔で角度修正するの!ムード全滅!」
「わかる!!あの時間何!?」
そこから始まったのは、デートでも何でもない、ただの特大暴露大会。過去のベッドの上のリアルな苦労から、別れ際の修羅場のエグさまでを完全共有。共通の天敵・元カノを介して、私たちは出会って数時間とは思えない固い絆で結ばれ、恋人候補からソウルメイトへと異例のスピード出世を果たしてしまった。
3.それでも相関図は、今日も循環する
結局その夜は、お互いの中の「恋愛対象センサー」が完全に友情モードへ切り替わってしまい、エロい展開には1ミリも進まないまま、朝まで熱い友情の杯を交わして解散。始発を待ちながら入った純喫茶で、元カノの悪口を言い合ってデトックスされたおかげか、厚切りトーストのモーニングを頬張る彼女の肌は、悔しいほどツヤツヤに発光していた。高級美容液より効くのかもしれない、元カノの悪口。
リアルの夜の街から若者が減り、戦場がマッチングアプリに変わっても、ビアン界の構造的な狭さは何ひとつ変わらない。どこまで逃げても、相関図を描けば全員が同じ女を経由して1本の線で繋がってしまう。あの閉店したバーのママが言っていた。「この街の恋愛はね、一筆書きなのよ」——当時は酔っ払いの戯言だと思って笑っていたけれど、今なら分かる。あれは預言だった。
でも、だからこそ思うのだ。この狭い世界で人間関係をこじらせず、「元カノの元カノとも親友になれる」くらいのタフさとユーモアを持つこと。それこそが、メンタル面における最強のフェムケアなのかもしれない、と。
合言葉は——「あいつの元カノは、私のズッ友」。
今日も私は、アプリの中に新しい出会い(と、高確率で潜んでいるであろう元カノの影)を探して、静かに画面をタップするのだった。




