みなさまこんにちは!
いつも読んでいただきありがとうございます。
あやまんJAPANユースメンバーのシャナニストいずみ兼プロ雀士北原いずみです。
今回も親ガチャが外れたわたしのエピソードを振り返ってみたいと思います。
最後までお付き合いよろしくお願い致します(o^^o)

今回の登場人物は

・父(アル中、酒乱、分裂病、暴力暴言あり、愛情深く頭が良い、2012年自死)
・お友達のお父さん

です!

今回は、「死ぬぞ」と言われた思い出を。
小学生の頃のお話です。

小学生のまだまだ世間を知らない頃なんて、誰でもお父さんやお母さん、学校の先生やおじいちゃん、おばあちゃんの事を信用していますよね。
中でも一家の大黒柱、父親の発言は絶対です。
元々我が家は典型的な昭和の家庭です。
暴力と暴言が当たり前の日常で、父親が白い物を黒と言ったら黒になります。
誰も逆らってはいけません。
母も言っていました。
「お父さんが白い物を黒と言ったら黒、黒い物を白と言ったら白なんだ」と。

小学校高学年頃のある日、お友達のお父さんが引率してくれて、お友達数人と遊園地へ遊びに行くというイベントがありました。
父は人混みが嫌いだし精神病だし、ほとんど家に篭りきりでどこかへ遊びに連れて行ってくれた記憶がありません。
土日や休日は、家で寝ている父の邪魔にならないよう地域の図書館へ行って過ごしていました。
そういう訳でわたしはほとんど娯楽施設へ行った事がなかったので、とても嬉しくて楽しみでただただわくわくして遊園地までの日数を指折り数えていました。

とうとう明日みんなで遊園地だとわくわくそわそわしながら眠りにつこうとしていたその時、父親がわたしに静かにささやきました。

「遊園地行ったら死ぬぞ」

わたしは楽しくてわくわくしていた気持ちから一転、突然谷底へ落とされた気分でした。
胸がドキドキして目は見開き息苦しく、言葉が出ませんでした。

「まあ、死んでもいいなら行って来いよ」

絶句したまま色々な思いが頭の中を駆け巡りました。
どうして死ぬのかな。どんな風に死ぬのかな。電車の事故かな。車に轢かれるのかな。何か物が落ちてくるのかな。誰かに刺されてしまうのかな。

どうしてお父さんは明日わたしが死ぬと知っているのかな。どうしてお父さんはわたしが遊園地へ行くと死ぬとわかっているのに止めてくれないのかな。お父さんはわたしが死んでもいいと思っているのかな。
どうしてどうしてどうして、、、

色々な事が頭の中をぐるぐるとめぐり眠れないながらもその内に寝てしまったようでした。

翌朝、遊園地へ行ったら死ぬから行くのをやめようと思っていると、父親から一万円札を渡されました。

「絶対に誰にも奢ってもらうんじゃねえぞ。奢ると言われても絶対にこの金使えよ」

そうだ、わたしの家はとても貧乏だったんだ。
遊園地へ行くという事はお金がかかるんだ。
大金を渡されたわたしはすごくドキドキしました。
それと、遊園地へ行っても良いんだという思いで嬉しくて涙が出てきました。
もう、小学生のわたしの心と頭の中はぐっちゃぐちゃでした。

なんで遊園地行ったら死ぬんだーい!

と、小学生のわたしに突っ込みを入れたい気分です笑
結局遊園地へ行ったのですが、楽しめたかと言うとそんな訳はありませんでした。

【お友達のお父さんが優しすぎて疑心暗鬼になってしまった】
本来お父さんという存在は暴力と暴言で制圧して来るはずなのにどうしてこんなに優しいのだろうか。きっと家の中ではお友達も殴られているに違いない。目をつけられたらわたしのお父さんに告げ口をして、また殴られるから絶対に奢ってもらってはいけない。

結果➡︎ほかの皆んながジュースを買ってもらってわーい\(^o^)/わーい\(^o^)/ありがとー\(^o^)/とわいわいしている中、わたしは「大丈夫です、自分で買います」と全く可愛げのない返事をしてしまった。
その時のお友達のお父さんの視線が痛くて早く家に帰りたいと感じた。

【死ぬんじゃないか】
父親から遊園地へ行くと死ぬと言われていたので、常にビクビクしながら過ごしていた。
死ぬのが怖くて早く家に帰りたかった。

このように小学生の時のわたしは父の発言を信じ込み言いなりになってしまっていたのです、、、

お友達のお父さんに、この場を借りてお礼を言いたいです。
あの時は優しく引率してくださりありがとうございました。そして父親の言い付けを守り可愛げのない子供ですみませんでした。
憐れみの視線でこっそりと、とても優しい口調で「食べな」って麦チョコを渡してくれた事、今も忘れません。
怒られないかなとビクビクしながら喉が詰まりそうになりながら食べたあの味、シャクシャクとした食感、今も忘れません。一粒しか食べられなかったけれど、子供心にこんなに優しいお父さんが世の中には存在するのだと言う事を知りました。
ありがとうのお手紙を書きたかったのですが、小学生のわたしには勇気がなくてどうやってお手紙を渡せば良いかわからず結局感謝の気持ちを伝えることができないまま過ごして来てしまいました。
本当にありがとうございました。
あなたの優しさに心が包まれ暖かい気持ちになれました。
本当に本当にありがとう。

天国のお父さんへ
体調が悪く働けなくて生活保護を受けて暮らしていたのに、とても貧乏なのにもかかわらず一万円という大金を持たせてくれてありがとう。
きっと、貧乏だと思われるのが恥ずかしくて「奢ってもらうな」と言ったんだよね。
そして「遊園地行ったら死ぬぞ」というのは、お金がないからどうしたら遊園地へ行きたくないと娘の方から言わせられるだろうという苦肉の策で出て来てしまった言葉だと思います。
小学生のわたしは何もわからず遊園地、遊園地とはしゃいでしまってごめんね。
でも遊園地へ行かせてくれてありがとう。
当時はどうしてそんな事を言うのととても傷付いたけれど、今となっては良き思い出です。

当時は沢山嫌な思いをしました。でも、当時の事を一つづつ深く考え紐解いて行くとそこには父親として不甲斐ない自分を見せたくない気持ちだったり、虚栄心からの発言だったり優しさの裏返しだったりと色々な物が見えてきました。
暴力と暴言に悩まされ傷つき、お父さんなんて早く死ねばいいのにと思ってきたけれどお父さんもお父さんなりに不器用に悩みながら必死に家族を守ろうとしてくれたんだという事に気付きました。
父に対し恨みつらみは一切ありません。
そんな父といつか天国で一緒にお酒を飲んで思い出の歌を一緒に歌ったり冗談を言い合ったりしたいです。

父は昔、私にこんな歌を教えてくれました。

🎵山のアケビは〜何見て開く〜
下の松茸ぇ〜見て開く〜

🎵横ハメ 縦ハメ ホテルの〜小部屋〜
あの人は イッてしまった

だから、わたしは父にこんな歌を歌って教えてあげたいです

🎵ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー
ずっこんばっこんずっこんばっこ〜ん

きっと父は盛り上がってちんこちょんまげをしてくれるに違いありません。
わたしは伝家の宝刀ちんこ風船で応戦したいと思います。

と、こんな感じで暗い少女時代も父の明るい側面と素晴らしい下ネタで楽しく笑顔を忘れず過ごす事が出来ました。

今までもこれからも、いつも心におもエロを。楽しい時も楽しくない時もいつもわたしのまわりにはおもエロがありました。人生にエロという彩りを!
そしてわたしもみなさんにおもエロを届けたい!
あやまんJAPANとしても、プロ雀士としても、赤坂ラブリーバーというショーパブのメンバーとしてもまだまだ半人前ですがみなさんが楽しく笑顔になれるように、その笑顔を見てわたしも元気と幸せがもらえるようにたくさん活動してゆきますのでこれからも何卒よろしくお願い致しマッスルスティックーーー\(^o^)/

P.S.
お父さん、あなたの孫は私たちの血を脈脈と受け継ぎ、下ネタで爆笑してくれる子に育っていますよ

↓夏休みに娘と2人で沖縄旅をしてウミガメと一緒に泳いできました\(^o^)/💕🎵

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シャナニストいずみ

会社のトイレでオナニーをするスペシャリスト。プロ雀士。 彼氏と待ち合わせをしたら私服3人と制服1人に囲まれ任意同行された経験あり。(その後慰謝料ゲット)あいつは何をした...

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