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コラム

エロは地球を救う!壮絶人生超ハッピー女 vol.1

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初めまして!あやまんJAPANユースメンバーのシャナニストいずみです。
日本プロ麻雀協会に所属しているプロ雀士でもあります。プロ雀士としては北原いずみという名前で活動しています。

わたしはこのコラムの中で、生い立ちについて書いていこうと思います。生まれてから今までの波瀾万丈な出来事を洗いざらい書いてしまいますので、ぜひこれからも読んでくださいね。

わたしはアル中・酒乱・ギャンブラー・暴力・暴言・分裂病(今でいう統合失調症)だけどとても愛情深く頭の良い父と、本当に本当に性格が悪くて愛情を一切くれず虐めてさえくる頭の悪い母の元に生まれました。
母に頭を撫でてもらうとか、母に抱きしめられるとか、母から愛情のある言葉をかけてもらった記憶は一切ありません。歩く時に幼心から母の手を握っても、やめてよと振りほどくような人でした。

生まれた瞬間から人生ハードモード!!
がんばれいずみ!!

皆さんの中にも苦労している人はいると思います。
苦労していない人、悩みがない人はいないと思います。わたしもそんな両親の元で本当に本当に苦しい生活をしていました。
でもわたしはいまとても明るく楽しく生きていますし、元々持って生まれた性格もあり昔からとても明るくて活発な女の子でした。

そんなわたしの一番古い思い出はおそらく3歳か4歳頃です。
睡眠中、母に急に抱きかかえられ目を開けると今にも殴りかからんばかりの父親の鬼のような形相が薄暗闇に見えました。
そうです。父に殴られた母が寝室まで逃げて来て、わたしを盾にしたのです。母もわたしも殴られずに済みましたが、その後父は機嫌が悪くなると
「こいつ(母)はお前を盾にしたんだぞ」
「おまえ(母)はいずみを盾にしたんだぞ」
と、何度も何度も繰り返し言っていました。
やっぱり父の病み方は凄いよなぁ。本当にしつこくて、人の失敗を何年も責め続けます。凄いよなぁとか言ってる場合じゃないんですが、当時のわたしの心境といえば、「夫は幼い娘を殴らないだろう」と瞬時に思いついた母の精一杯の防御反応だったのではとしか思っていませんでした。
盾にされて悲しいだなんて感じなかったし、むしろわたしを盾にして殴られなくて良かったねとしか思っていませんでした。だって、母は泣き出しそうな声でやめてと言って、息遣いも荒く震えていたからです。
母は父が本当に怖かったのだと思います。
母を守ることができて本当によかった。
父がわたしを盾にしたと何度も何度も繰り返し母を責めている姿を見て、
「これはそんなに責められるような悪事を働いたという事なのか」
と、後に心ではなく頭で理解しました。

わたしには小学校3年生の娘がいます。娘を持って初めてわかる親心ですが、わたしは娘を盾にする事は絶対にないと神に誓って断言します。
私は娘を愛しているからです。

冒頭にも書きましたが母は本当に愛情が無い人で、わたしの事をとても嫌っていました。
なぜかというと、父がすごくわたしを可愛がるからです。父のお腹の上でよく寝ていたし、父は腕枕もしてくれて本当によく頭を撫でてくれました。高い高いもしてくれて、髭をじょりじょりしてきます。ほっぺたがヒリヒリしてとても痛かったけど嬉しかった。父の膝の上はわたしの特等席でいつも膝の上に乗せられていました。よく父の大きな太い指を握ってお散歩もしたし、肩車もしてくれました。車の運転中もわたしを膝に乗せて、わたしがハンドルを握った事もありました。危ないなぁ笑

母は、自分はいつも殴られるのに娘はすごく可愛がられているので妬ましく思ったのでしょう。母には本当に嫌われていました。

ですが成長するにつれ次第にわたしも父の暴力の対象となりました。
母は、父に殴られるわたしをかばってくれる事はとうとうただの一度もありませんでした。
わたしは母を守ることができて嬉しかったのにな、と思っていました。流行りの言葉を使えばヤングケアラーとでも言いましょうか。

実際わたしは本当に良く父親の機嫌を取りました。いつも父に気を遣って、常に父親の機嫌がどこにあるかの確認をして、頭の悪い母が失言して少しでも父の機嫌が悪くなりそうな瞬間をとらえようものならすぐさま話しを変えて冗談のひとつも言ったり父をほめたりして母を父の暴力から守っていました。わたしにはとても気が小さくておどおどするばかりの優しい兄もいました。兄の事も守らなければなりません。それに父を救わなければなりません。父に暴力を振るわせない事は、父を救う事にもなると信じていました。殴る人だって心を痛めているんだと知っていたからです。父は幼い娘を殴ってしまった事を責めるように、夜中寝ている私の頭を撫でながら何度も繰り返しごめんな、ごめんな、と言いました。わたしは胸がいっぱいになってしまってしゃべれなくなり、静かに涙を流す事しか出来ませんでした。涙を流しすぎてそのうちしゃくりあげるまで父はずっと頭を撫でてくれました。
お父さん、怒ってないから大丈夫だよ!

もう、思考が完全にDVに支配されていて「あの人は本当は優しい人なの!」と勘違いしてる馬鹿な彼女ですね笑

早く逃げろと言いたいところですが、わたしの場合は父親なので逃れようがありません。まだ小さかったし、自分も家族も殴られずに済む方法=父親の機嫌を取る、としか思いつかなかったし、誰かを責めて暴力がなくなる訳でもありません。どうにか父を持ち上げて上機嫌にしても、父に可愛いがられる私を見て母は影で言うのです。わたしに嫌味たらしくじっとりした視線を向けて「あなたって本当に上手いわよねぇ〜」と。家族のために言いたくもない冗談を言って取りたくもない機嫌を取って胃を痛くしているのに本当に報われないなとがっかりしたし、どんどん母が嫌いになりました。

小学校3年生の娘を持つわたしは、もしも娘が誰かに殴られていたら、殴っている人を殺す勢いで、そしてもしもかばったら自分が死ぬとしてもそれでもいいから必ず守ります。娘を傷つける者は誰だろうと許さない。
親とはそういうものではないでしょうか。

殴る父がいけないのか、庇わない母が悪いのか。

どちらも良くないけれど、そんな時の心の拠り所は箪笥の一番上の引き出しにしまってある春画のコピーでした。一枚の紙に何枚もの春画がコピーしてあるので小さな春画を目を丸くしながらこっそり覗いては楽しく悶々とした気持ちになったものです。

なんでこんなものが箪笥の引き出しの一番上に大切そうにしまってあるのかなとも思いました。

誰が持って来たのかな。
お父さんかな、まさかお母さんじゃないよね。
お兄ちゃんはこの春画の存在知ってるのかな。
お兄ちゃんに教えてあげようかな。
でもお兄ちゃんには刺激が強すぎるかな。
(自分は妹のくせにませてますね笑)

などなどひとりで想像を膨らませては楽しんでいました。春画の人達は何をしているのかよくはわからなかったけれど、本能的にこれはこっそり覗くだけに留めなければならない!と思っていました。誰もいない瞬間を見計らって春画のコピーを覗くだけでわくわくしたし、いけないものを見ているに違いない!とドキドキしました。
今もあの時の胸のときめきが甦ってきます。箪笥の一番上だから椅子に登らないと届きません。子供用の座るとピャ〜〜〜と鳴るあの椅子です。今でも子供用の椅子のピャ〜〜〜という音を聞くと心がわくわくします。春画で嫌なことが本当に忘れられました。やっぱりエロは人を、世界を救えるなと再確認しています。

わたしはエロや下ネタで世界を救えると本気で信じています。いままでもこれからも、いつも心におもエロを。楽しい時も楽しくない時もいつもわたしのまわりにはおもエロがありました。人生にエロという彩りを!

エロや下ネタで救われて来たわたしの生い立ちをこれからもどんどん綴ってゆきますので応援の程何卒よろしくお願い致しマッスルスティックーーー笑
これからも攻めていくよーー!!
みんなも心の準備よろちくぴーすだよ!!
↓5歳頃の娘です。愛しくてたまりません。改めて母の鬼畜さを再確認しています。